松江地方裁判所 昭和33年(ワ)96号 判決 1960年4月19日
原告 江村喜久誉
被告 島根県知事・国・外三名
主文
被告島根県知事が昭和二二年一二月二日別紙物件目録記載一の土地についてなした自作農創設特別措置法第三条による買収処分が無効であることを確認する。
被告国は原告に対し松江地方法務局浜田支局昭和二五年一月四日受付による別紙物件目録記載一の土地につての分割登記(表題部五番及び六番)及び地目変更登記(表題部七番)の各抹消登記手続をせよ。
被告大谷武友は原告に対して松江地方法務局浜田支局昭和二五年一月一四日受付第二九一号による別紙物件目録記載一の土地についての昭和二二年一二月二日自作農創設特別措置法第一六条による売渡を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。
被告櫨山虎市は松江地方法務局浜田支局昭和三二年八月一二日受付第一八八九号による別紙物件目録記載一の(1)記載の土地についての売買予約の仮登記の抹消登記手続をせよ。
被告浜田ガス株式会社は別紙物件目録記載一の(1)の土地についての松江地方法務局浜田支局昭和三二年一二月一一日受付第二九八四号所有権移転請求権移転登記及び同支局同日受付第二九八五号所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。
被告大谷武友は原告に対して別紙物件目録記載一の(2)の土地の明渡をせよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用中、原告と被告島根県知事との間に生じた部分はこれを二分し、その一を同被告の負担とし、その一を原告の負担とし、原告と被告国との間に生じた部分はこれを三分し、その一を同被告の負担とし、その二を原告の負担とし、原告と被告浜田ガス株式会社との間に生じた部分は同被告の負担として、原告と被告櫨山虎市との間に生じた部分は同被告の負担として、原告と被告大谷武友との間に生じた部分はこれを四分し、その一を同被告の負担とし、その三を原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文第一項ないし第六項と同旨及び「被告島根県知事が、昭和二三年七月二日別紙物件目録記載二ないし四の土地についてなした、自作農創設特別措置法第三条による買収処分が無効であることを確認する。被告国は、原告に対して、松江地方法務局浜田支局昭和二五年一月三〇日受付による別紙物件目録記載二の土地(分筆前)の自作農創設特別措置法による分割登記(表題部一番)、及び浜田市港町字葭沼二八五番二田五畝二二歩(別紙物件目録記載三、四の土地と同一地)の同支局昭和三三年一月一四日受付による自作農創設特別措置登記令第一四条に基く閉鎖登記の各抹消登記手続をせよ。被告大谷武友は、原告に対して、別紙物件目録記載二の土地については、松江地方法務局浜田支局昭和二五年一月三〇日受付第六一九号、同目録記載三、四の土地については、同支局同日受付第六二七号による、いずれも昭和二三年七月二日自作農創設特別措置法による売渡を原因とする同被告の所有権保存登記の各抹消登記手続をせよ。被告大谷武友は、原告に対して、別紙物件目録記載二ないし四の土地の明渡をせよ、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、
その請求の原因として、
一、原告は、大正七年一一月一六日、家督相続によつて、別紙物件目録記載の土地の所有権を取得し、ひきつゞき右土地を所有していた。
二、訴外浜田市浜田地区農地委員会(以下市委員会と略称)は、原告を自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)第三条該当の不在地主とし、別紙物件目録記載一の土地については、昭和二二年一二月二日、同目録記載二ないし四の土地については、昭和二三年七月二日を買収時期とする買収計画を樹立し被告島根県知事は、右計画に基いて昭和二二年一二月二日別紙物件目録記載一の土地について(以下第一回買収と略称)、昭和二三年七月二日同目録記載二ないし四の土地について(以下第二回買収と略称)、それぞれ買収処分をした。
三、前記買収処分の結果、被告国は、
(1) 松江地方法務局浜田支局昭和二五年一月四日受付により、別紙目録記載一の土地(分筆前)について、分割登記(表題部五番及び六番)及び地目変更登記(表題部七番)を、
(2) 原告所有にかゝる元浜田市港町字葭沼四三六番地の一畑二反二歩から、同支局昭和二五年一月三〇日受付により、別紙目録記載二の土地の分割登記を、
(3) 浜田市港町字葭沼二八五番地二田五畝二二歩について、同支局昭和三三年一月一四日受付により、自作農創設特別措置登記令第一四条の規定による閉錯登記を
それぞれなした。
四、被告大谷武友は、被告島根県知事の売渡書によつて、別紙目録記載の土地を、それぞれ買収処分の日付で売渡を受け、
(1) 別紙目録記載一の土地については、松江地方法務局浜田支局昭和二五年一月一四日受付第二九一号により、
(2) 別紙目録記載二の土地については、同支局同年同月三〇日受付第六一九号により、
(3) 別紙目録記載三、四の土地については、同支局同日受付第六二七号により、
それぞれ所有権取得登記をなした。
五、その後、被告大谷武友は、別紙目録記載一の(1)の土地を被告櫨山虎市に売り渡し、同被告はこの土地を被告浜田ガス株式会社に売り渡したので、この土地について、被告櫨山虎市は、松江地方法務局浜田支局昭和三二年八月一二日受付第一八八九号によつて、売買予約の仮登記を、被告浜田ガス株式会社は、同支局同年一二月一一日受付第二九八四号によつて、所有権移転請求権移転登記を、同支局同日受付第二九八五号によつて、所有権移転登記をそれぞれなした。
六、そして、被告大谷武友は、現在、別紙目録記載一の(2)、二ないし四の各土地を占有している。
七、しかし、被告島根県知事のなした前記買収処分は、つぎに述べるとおりの明白且つ重大なる瑕疵があるので、当然無効のものである。
(1) 被告島根県知事は、第一回買収をなすに当り、原告の住所が不明であるため、買収令書の交付ができないものとし、自創法第九条第一項但書の規定に従い、公告をもつて買収令書の交付に代えている。
しかし、市委員会は、右買収に当つて、原告と種々交渉しており、原告の住所を知つていたのであり、昭和二三年二月二一日、四月七日、六月四日の三回に亘り、原告に対して、買収令書を受けとりに来るようにとの葉書を発送し、原告はこれらの葉書を受領しているが、買収令書を持参されたことはなく、従つて買収令書の受領を拒絶したこともないのに前記のように公告をもつて買収令書の交付に代えることは許されないものである。
(2) 又、被告島根知事は、第二回買収をなすに当り、原告に対して買収計画を知らせず、買収令書の交付をしようとせず、原告が知らない間に、原告が買収令書の受領を拒絶したものとし、自創法第九条第一項但書の規定に従い。公告をもつて、買収令書の交付に代えている。原告がこの買収を知つたのは昭和二五年六月頃であり、右公告をもつて買収令書の交付に代えることは許されないものである。
(3) 前記二回の公告には、買収の対象物及び買収の根拠法条の記載がないので、公告そのものも無効であるある。
(4) 本件土地の買収令書二通には、いずれも、買収の対象たる土地の表示がないので、買収令書は無効のものである。
(5) 別紙目録記載三、四の土地は、登記簿上江村源吉所有(相続により原告所有となる)の浜田市大字原井字葭沼二八五番地二田五畝二二歩であつたところ、被告島根県知事は右土地の買収にあたり、右登記簿と別途に同所四三六番地の二田一畝一〇歩、同所同番地一一畑四一二歩なる架空の土地を創設し、その土地を買収し、売渡をしている。
八、以上の理由によつて、被告島根県知事のなした本件土地に対する各買収処分は無効のものであり、原告は、本件土地の所有権を有しているものである。従つて、第三項ないし第五項記載の各登記は、いずれも無権原の者のしたものであるから、いずれも抹消されるべきものであり、被告大谷武友は権原なく原告所有の別紙目録一の(2)、二ないし四の土地を占有しているから、これらを原告に明け渡す義務を負つている。
九、仮に、前記の理由をもつてしては、本件各買収処分が無効でないとするも、本件買収処分には、更につぎに述べるとおりの明白且つ重大なる瑕疵があるので、予備的にこれらを綜合して無効の主張をする。
(1) 原告は、本件各買収処分当時はもちろん、本件買収の基準日である昭和二〇年一一月二三日にも浜田市内に住居を有していたのであつて、不在地主ではなかつた。即ち、原告は、自己の不動産管理人である叔母、金林八十の死亡と食糧事情緩和のために、昭和一九年七月から夫と別居し、浜田市片庭町の佐藤イチ方に住居し、同年八月一日からは同市同町六九番地の原告所有家屋(佐藤十三に貸与していた)に移転し、昭和二〇年九月には、自己の日用品、家財道具を全部浜田市に持参し、昭和二二年九月からは、酒井仙之助に貸与していた同市新町二三番地の二の原告所有家屋の後座敷に住居していた。
(2) 本件土地は、いずれも農地ではない。即ち、別紙物件目録記載一の土地は登記簿面上も現実も池沼であつたのであり、或る時期には、米とか蓮が若干できたこともあるという程度のものであり、その故に被告大谷武友がこの土地をガス会社に売却するようになつたものである。他の部分も、戦時中食糧難の折に原告が不在のため管理不行届で、大した小作契約もなく作り始めた耕作者が次第に拡張したものであり、元々農地といえるものではない。
(3) 原告が被告大谷武友と小作契約をした土地はない。もつとも、同被告の父大谷栄太と小作契約をしたことはあるが、それは本件土地の隣地である浜田市港町字葭沼二八五番地の一、一反一四歩(現在有田フイ小作地)を昭和一〇年三月四日に契約したゞけであり、その他の耕地は、被告大谷武友が原告に断りなく作つた不法耕作地である。なお、浜田地区農地委員会は、昭和二三年三月半強制的に右の土地と訴外有田小八が耕作していた別紙物件目録記載二の土地とを交換させている。
(4) 本件土地はいずれも買収日に被告大谷武友に対して売り渡されているが、これは、売渡について県農地委員会の承認を受けていないことを示すものであり、本件土地の売渡は違法である。
(5) 本件土地買収の農地代金、国庫証券の供託について、いずれも原告に対し供託通知がなされておらず、従つて供託は無効である。
と述べた。
(立証省略)
被告島根県知事、同国の各指定代理人、被告浜田ガス株式会社、同櫨山虎市の訴訟代理人、被告大谷武友は、いずれも、
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、
原告主張の請求の原因に対して、
第一項ないし第六項は認める。
第七項については、
(1)については、そのうち、被告島根県知事が第一回買収をなすに当り、原告主張のとおりの公告をなし、買収令書の交付に代えていること、市委員会が原告に対して原告主張日時に原告主張のとおりの葉書を発送し、原告が、これらの葉書を受領していることは認めるが、その他は否認する。第一回買収の経過は、後に述べるとおりであり、公告をすべき要件を具備しているものである。
(2)については、そのうち、被告島根県知事が、第二回買収をなすに当り、原告が買収令書の受領を拒絶したものとし、自創法第九条第一項但書の規定に従い、公告をもつて、買収令書の交付に代えていることは認めるが、その他は否認する。第二回買収の経過は、後に述べるとおりであり、公告をすべき要件を具備しているものである。
(3)については、本件公告に買収の対象物の記載のないことは認めるが、公告自体から買収の目的物件が知り得ないとしても、農地課備付の買収計画書は、いつでも、何人に対しても、閲覧に供し得る状態においたのであるから、これで必要且つ十分なものであり、このような取扱は、単に被告県知事のところばかりでなく全国的な取扱であつた。本件の場合、原告は、買収計画樹立の際に、買収の目的物件を知つていたのであるから、実質的には、何ら不利益を与えていない。その他本件公告はいずれも自創法第九条第一項但書の規定に基く所定の様式によつてなされている。
(4)については、本件土地の買収令書二通には、現在は物件の表示が欠けていることは認めるが、検証の結果によつて明らかなように、他の公告買収令書には物件の表示がなされているのに、本件の買収令書のみ、何人かによつて物件の表示が剥奪された痕跡を留めているのであり、初めは、物件の表示がなされていたことは明らかである。
(5)については、架空の土地を創設しとある部分を否認し、その他は認める。第二回買収当時、別紙目録記載三、四の土地について、既に登記がなされているのを看過して、買収後直ちに相被告大谷武友名義に保存の登記をなしたことは、登記の取扱としては正当ではないけれども、これをもつて架空の土地を買収したとか、買収処分が存在しないとかいうことはできない。
以上、要するに、本件買収処分には無効原因は存在しない。
第八項は否認する。
第九項については、
(1)は否認する。原告は、昭和一八年四月頃夫守吉及び子弟と共に広島県尾道市から松江市北田町四五番地の訴外長谷隆の借家に移住し、夫守吉は同市内の安田銀行松江支店に勤務していたところ、昭和二二年九月、夫守吉が倉敷支店へ転ずることになつたので、その際浜田市に移住したものである。原告は、同市新町の訴外亡酒井仙之助に貸与していた貸家の明渡請求訴訟を有利にするためと、食糧難を緩和するために、時々同市片庭町訴外亡佐藤イチ方或いは訴外佐藤十三方に来ていたようであるが、住所移転の手続をとつておらず、あくまで一時的なものであり、本件買収の基準日である昭和二〇年一一月二三日現在においては、浜田市内に住所がなかつたものである。仮に市委員会の原告の住所に関する認定に誤りがあつたとしても、前記のとおり住所移転の手続をとつていないので、未だ無効原因とはならない。
(2)は否認する。本件土地は、いずれも農地であつたものである。戦時中の手不足の頃に、管理が行き届かないため、一部に多少葭が生えた部分が仮にあつたとしても、その程度のことをもつては農地たることの妨げとはならない。別紙目録記載一の土地は従来から田であつたところ、昭和二五年頃から付近に乾魚業者の工場が増え、排水が悪くなつたので蓮田としたものである。
(3)は、原告が被告大谷武友の父大谷栄太と浜田市港町字葭沼二八五番地の一、一反一四歩について小作契約をしたことは認めるが、その他は否認する。相被告大谷武友は、本件土地の正当な耕作者である。即ち、被告大谷武友の父大谷栄太は別紙目録記載一、三、四の土地を昭和五年頃原告の叔父で原告ら不在中の財産管理人であつた訴外金林清次郎から頼まれて借りたものであり、右金林の死後は、訴外波田伊三郎から借りていたものである。別紙目録記載二の土地については、昭和二三年八月、原告立会のうえ、市委員会のあつせんによる訴外有田フイと被告大谷武友との小作地の交換によつて、被告大谷武友が耕作するようになつたものであるが、右交換について農地委員会の許可がないとしても、市委員会立会のうえ、合意で示談が成立したものであるから、準小作地というべく、被告大谷の耕作前は、訴外有田フイの小作地であつた以上、小作地と認定したことに違法はない。仮にこの点に違法ありとしても、取消事由となるのは格別、無効原因となるものではない。
(4)は否認する。仮に原告主張のとおりの事実があるとしても、本件土地の売渡処分の無効を主張する利益は原告になく、売渡処分の無効は買収処分に何ら影響を与えるものではない。
(5)は否認する。仮に原告主張の事実が認められるとしても、買収代金の支払について、債務不履行となつても買収処分に影響はない。
と述べ、その主張として、
一、市委員会は、本件土地について、被告大谷武友から、口頭で、自創法に基く買収の申請を受け、調査の結果、本件土地は、いずれも、昭和二〇年一一月二三日現在においては、不在地主の小作地であり、且つ所有者である原告の住所が、右期日と買収処分時と異つている、即ち、右期日の住所は松江市北田町四五番地であるが、買収時には浜田市内にあつた模様であると認めて、自創法第六条の五に基き、前記昭和二〇年一一月二三日現在に遡及して買収することを相当と認めて、同法第三条の規定に従つて買収計画を樹立した。
二、別紙目録記載一の土地については、国が全国的に示した昭和二二年一二月二日を買収期日とする第四回計画の一つとして、昭和二二年一一月一〇日、市委員会に買収計画が上程され、審議決定された。そして、同時に買収計画の謄本を添付し、農地買収計画策定の件通知と題して縦覧期間等必要事項を示して通知し、不服申立の機会を与えると同時に同月七日から一六日まで市委員会事務所において計画を縦覧に供した。
三、この頃、原告は、浜田市内に転々と移り住んでいたようであつたが、夫守吉と共に或いは交互に頻繁に市委員会を訪れ、買収に反対し苦情を述べた。
四、ついで、市委員会は、不服申立期間の経過後、直ちに右計画を島根県農地委員会へ進達し、右計画は同年一二月一日、同委員会において承認された。
五、そこで、原告に対して、買収令書の交付をしようとしたのであるが、原告は、市委員会からとのように言われても買収令書を受領しなかつたので、同月二日頃、買収令書を浜田市新町の原告方に郵送したところ、これが返送された。結局、買収令書の交付が不能となつたので、交付に代る公告をするために「受領拒絶」を理由とすべきであつたかもしれないところを、市委員会事務局の女子事務員が誤つて住所不明として公告の手続をとつたのであり、代金は供託されたのである。
六、右のような次第であるから、買収令書の交付不能の事実は存したので、その理由が誤つていたとしても、買収処分が無効となるものではない。
七、別紙目録記載二ないし四の土地については、国が全国的に示した昭和二三年七月二日を買収期日とする第七回計画の一つとして、昭和二三年一月一五日、市委員会に買収計画が上程、審議決定され、買収計画書の謄本を添付のうえ、縦覧期間その他所要事項を示して、原告に通知をした。原告は、買収を免れようと種々策動したが、結局、市委員会の説得により、同年六月頃現地において、原告も立会のうえ、訴外有田フイもまじえ、既述した耕地の交換をなしたが翌日になると原告は、態度を変えて、買収に応じないようになつた。
八、そして、右計画は、島根県農地委員会へ進達され、同委員会において承認され、同年七月二日頃買収令書を原告に交付しようとしたが、原告がその受領を拒絶したので、交付に代えて公告をしたものである。
と述べた。(立証省略)
理由
原告の請求原因事実一ないし六記載の事実は当事者間に争いがない。
そこで、以下、まず第一回買収に関する争いについて判断する。
まず、買収令書の交付に関して争いがあるので、この点について考察するに、被告島根県知事が、第一回買収をなすに当り、原告の住所が不明であるため、買収令書の交付ができないものとし、自創法第九条第一項但書の規定に従い、公告をもつて、買収令書の交付に代えていること、市委員会が、昭和二三年二月二一日、四月七日六月四日の三回に亘り、原告に対して、買収令書を受けとりに来るようにとの葉書を発送し、原告が、これらの葉書を受領していることは、当事者間に争いがない。
被告らは、昭和二二年一二月二日頃、原告に対して、買収令書を郵送したが、返送された旨主張するが、この主張にそう乙第三〇号証の記載、証人佐々木英一同浜本隼太郎の各証言は、前記のように市委員会が受領催告の葉書を発送していること、返送された封書の存在を認めるべき証拠がないこと、及び証人川上章の証言によつて成立が認められる乙第八号証によると、右公告は、昭和二三年一〇月二五日付で同日付の島根県報号外上になされていることが認められるのに徴し、たやすく信用し難く、他に右主張事実を認定するに足る証拠はないので、結局右主張は採用できない。そして、前記のように、被告知事が発送した受領催告の各葉書が原告に到達した事実に徴すると、特段の事由のないかぎり、被告知事には右公告当時原告の住所は判つていたものというべきである。従つて住所不明を理由として、令書の交付に代えて公告をすることは許されないものというべきである。
更に弁論の全趣旨によると、被告らは、原告が直接市委員会に対して買収令書の受領拒絶をしたとの主張をしているものと認められるので、考えるのに、被買収者が買収令書の受領を拒んだばあいは令書の交付に代えて公告をなしうるものというべきであるが、その受領拒絶があるとするには、公告前に被買収者に対し令書を送付または持参してこれを呈示して被買収者をしてその内容を諒知しうるべき状況におくことを要するものと解すべきところ、被告知事は前示のとおり原告に対し葉書により令書受領のため市委員会に出頭方の通知をしたのにとゞまり、全証拠によるも、被告知事が原告に対し令書を現実に呈示した事跡が認められないから原告が右催告に応じなかつたことをもつて、右の受領拒絶があつたものというにあたらないし、原告が買収期日前に買収に不満の意を表明していたことをもつて、右の呈示が必要でないとすることも相当でない。従つて前記公告は、結局、自創法第九条第一項但書の買収令書の交付ができない場合になされたものとはいえないことになるので、第一回買収については、買収令書の交付又はこれに代る公告が存在しないものといわねばならない。
そして、自創法に基く農地の買収処分は、買収令書の交付、又はそれに代る公告なくしては、効力を生じないことは勿論であるから、第一回買収については、その他の争点について判断するまでもなく、買収処分は無効のものであるといわなければならない。
そうすると、別紙物件目録記載一の土地は、現在も原告の所有するところのものであり、これに対する主文第一項記載の買収処分の有効なることを前提としてなされた主文第二項ないし第五項の各登記は、何ら権原のない者のなしたものであるから、抹消さるべきものであり、又、右土地のうち、別紙目録記載一の(2)の土地を占有している被告大谷武友に対して所有権に基いてその明渡を求める原告の請求は、同被告が、右土地の占有について何ら権原のあることを主張立証しない以上、理由のあるものといわねばならない。
そこで、つぎに、第二回買収に関する争いについて判断する。
まず、原告は、買収計画の通知を受けていない旨主張するが、原告本人尋問の結果によれば、原告が当時買収計画書を受領していることが明らかであるから、右主張は採用できない。
つぎに、買収令書の交付について、原告は、知らない間に受領拒絶したものとされ、公告されていると主張し、被告らはこれを争うので、この点について判断する。
被告島根県知事が、第二回買収をなすに当り、原告が、買収令書の受領を拒絶したものとし、自創法第九条第一項但書の規定に従い、公告をもつて、買収令書の交付に代えていることは、当事者間に争いがない。
そして、弁論の全趣旨によつて成立が認められる乙第一二号証、証人川上章の証言によつて成立が認められる同第一三号証及び証人佐々木英一の証言によれば、市委員会の書記佐々木英一は、昭和二三年七月から八月にかけて、市委員会及び原告方において、買収令書を原告本人に交付しようとしたが、原告は、これの受領を拒絶したことが認められる。この認定に反する原告本人尋問の結果は信用し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
そうすると、被告島根県知事が第二回買収について、買収令書の交付ができない場合に該当するものとし、公告をもつて、買収令書の交付に代えたことについては、何ら違法はなく、この点に関する原告の主張は理由のないものといわねばならない。
つぎに、原告は、買収令書の交付に代る公告に買収の対象物及び根拠法条の記載がない旨主張し、被告らは、不備があつても有効な公告である旨主張するのでこの点について判断する。
まず、買収の根拠法条は、自創法第九条の規定により、公告する必要のないことは明らかである。
買収の対象を公告に記載する必要のあることは、右法条、同法第六条第五項より明らかであるところ、第二回買収の公告について、買収の対象の記載のないことは当事者間に争いがなく、この点には不備があるものといわねばならない。
しかし、前掲乙第一三号証によれば、右公告の地目、台現、面積欄には、県農地課備付の買収計画記載の通り(画の字が脱落しているものと認められる)との記載があり、買収計画書が原告に送付されていることは、既に述べたとおりであるから、右の不備は公告の効力、ひいては買収処分の効力に影響を与えるものとは認められず、従つて、この点に関する原告の主張も採用できない。
つぎに、原告は、買収令書に買収の対象である土地の表示がない旨主張し、被告らは、現在はないが、当時は存在していた旨主張するので、この点について判断する。
原告本人尋問の結果によれば、原告は買収計画書によつて、第二回買収の対象の土地を知つていたことを認め得べく、この事実に、乙第一二号証の買収令書原本検証の結果及び弁論の全趣旨を綜合して判断すると、本件買収令書には、最初は土地の表示が存在していたが、その後、何時頃からか、この表示部分かちぎれてなくなつていることを認めることができ、この認定を覆えすに足る証拠はない。
そうすると、本件買収令書に現在土地の表示がないのは、保管上の手落ちということになり、この手落ちが第二回買収処分の無効原因となるとは認められないので、この点に関する原告の主張も採用できない。
つぎに別紙目録記載三、四の土地について、登記上の不備について、当事者間に争いがあるのでこの点について判断する。
別紙目録記載三、四の土地は、登記簿上江村源吉所有(相続により原告所有となる)の浜田市大字原井字葭沼二八五番地二田五畝二二歩であつたところ、被告島根県知事は、右土地の買収にあたり、右登記簿と別途に同所四三六番地の二田一畝一〇歩、同所同番地一一畑四畝一二歩の保存登記をして、買収をしたことは、当事者間に争いがない。
原告は、右の事実を指して、架空の土地を買収したものと主張するが、右は原告において、別紙目録記載三、四の土地の買収処分の無効確認を求めている点からして主張自体矛盾しているものといわねばならず、結局、被告ら主張のとおり、単なる登記手続面の瑕疵に外ならず、右のような登記手続の瑕疵が存するからといつて、その瑕疵は、登記だけに限られるものであり、第二回買収処分の効力に影響を与えるものとは認められず、結局この点に関する原告の主張も採用できない。
以上の理由で、原告主張の第二回買収処分に関する本位的主張は、いずれも採用できないので、つぎに、原告の予備的主張について判断する。
まず、原告は第二回買収処分の基準日である昭和二〇年一一月二三日はもちろん、それ以前から浜田市内に住居していたから不在地主ではなかつたと主張し、被告らは、右基準日当時、原告の住所は松江市内にあつた旨争うので、この点について判断する。
成立に争いのない乙第一五号証の一、二、証人酒井八重子、同浜本隼太郎、同浜田正矩、同長谷千代子の各証言によれば、原告は、第二回買収処分の基準日である昭和二〇年一一月二三日頃は、松江市内に夫、子依と共に住居し、時々浜田市内に来ていたことが認められる。この認定に反する証人佐藤十三、同菊谷末市、同錦織幸蔵同江村清子、同江村守吉の各証言及び原告本人尋問の結果は信用し難く、証人錦織幸蔵の証言によつて成立が認められる甲第七号証、同第一〇号証、証人佐藤十三の証言によつて成立が認められる甲第八号証、原告本人の供述によつて成立が認められる甲第九号証、成立に争いのない甲第一二号証の一、同第三五号証、同第三六号証はいずれも右認定を左右するに足るものではなく、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
そうすると、不在地主でないとの原告の主張は、理由のないものといわねばならない。
つぎに、原告は、別紙目録記載二ないし四の土地は、いずれも農地でなく、又被告大谷武友は、この土地の小作人ではないと主張し、被告らは、これを争うので、この点について判断する。
証人大谷栄太、同江村守吉、同有田フイの各証言及び被告大谷武友本人、原告本人の各尋問の結果によれば、別紙目録記載二ないし四の土地は、第二回買収処分の基準日である昭和二〇年一一月二三日以前より買収処分時である昭和二三年七月二日頃まで、いずれも農地であり、原告より訴外有田小八、同有田フイが借り受け、その一部を被告大谷武友とその父大谷栄太が転借りしていたことが認められ、この認定を覆えすに足る証拠はない。
そうすると、別紙目録記載二ないし四の土地は、農地にして小作地であることになるから、この点に関する原告の主張は理由のないものといわなければならない。
つぎに、原告は、本件土地の売渡処分の違法を主張するが、仮に原告主張事実が認められるとしても、被告ら主張のとおり、売渡処分の違法が買収処分に何ら影響を与えないことは当然のことであり、この点に関する原告の主張も理由のないといわなければならない。
更に、原告は、本件土地の買収代金、国庫証券の供託について、瑕疵がある旨主張するが、仮に原告主張の事実が認められるとしても、被告ら主張のとおり、単に買収代金の支払について、債務不履行を生ずるのみであり、本件買収処分の効力には、何ら影響を与えるものでないことは当然であり、この点に関する原告の主張も理由のないものといわねばならない。
結局、第二回買収については無効原因は存在しないことになる。
以上の理由により、原告の本訴請求のうち、主文第一項ないし第六項の請求は、理由があるから認容すべきものであり、その他の請求は理由がないので棄却すべきものとし、訴訟費用の負担については、原告と被告島根県知事との間の費用は民事訴訟法第九二条に従い、これを二分し、その一を同被告の負担とし、その一を原告の負担とし、原告と被告国との間の費用については、同法同条に従い、これを三分し、その一を同被告の負担とし、その二を原告の負担とし、原告と被告浜田ガス株式会社との間の費用は、同法第八九条に従い、同被告の負担とし、原告との被告櫨山虎市の間の費用は、同法同条に従い、同被告の負担とし、原告と被告大谷武友との間の費用は、同法第九二条に従い、これを四分し、その一を同被告の負担とし、その三を原告の負担とし、主文のとおり判決する。
(裁判官 柚木淳 長谷川茂治 道下徹)
(目録省略)